黒略礼服はなぜ日本だけ?

                                                    黒いスーツで冠婚葬祭のお式に出席するのは確かに日本だけです。これが正しいか否かはさておき、なにゆえそうなったかを考えてみましょう。これには和装文化と日本人の色彩感と死生観が大きく関係しています。<br /><br /> ・黒と日本人<br />室町後期時代から現在の約500年、日本人にとって黒は「格式、気品の色」とされてきました。昭和30年代まで結婚式も黒づくめです。新郎新婦父、新郎、仲介人は黒紋付、新郎新婦母、仲介婦人は黒留袖、花嫁も黒引のおはしょりです。単に衣装だけ見れば全員黒です。また垂れ幕も紅白ではなく白黒幕(鯨幕)です。現在においても和装の第一礼装は、男性が黒紋付、女性が黒留袖五つ紋と黒基調です。<br /><br /> ・白と日本人<br />日本人にとって、白は浄化再生または死の色と考えられています。お棺に入る服装としてはやはり白着物が多いはずです。死んで仏様の前に出るので生前の汚れを払い白をまとうといった感覚です。産まれたばかりの赤ん坊も白いおくるみを着ます。明治頃までは白と言ってもあくまで染めの入っていない無加工の色、つまりは人の手を介しない生成りの色だったようです。<br />喪服と言うと黒をイメージされる方が多いでしょうが、日本においての狭義の喪服は白です。亡くなった仏様はもちろん、親族もおなじく白装束、喪主は白裃でお式を行っていました。参列者は普段の着物で参列していたようです。&nbsp;&nbsp;<br />花嫁の白無垢は文字どおり白ですが、基をたどれば生家での死を表しているものです。この白無垢の袖を切り親族の白装束の喪服として主人を送り、やがてその喪服を着て棺に入るわけです。先の黒引も婚礼後袖を切り黒留袖として第一礼装として活用しました。&nbsp;<br />&nbsp;<br />・黒と皇室<br />このように「黒=格式、白=浄化」イメージの日本で価値観を変える出来事が三回ありました。<br /> ①明治〇五年、文官の大礼服と万人の燕尾服を制定 。<br /> ②明治三〇年、英照皇太后大喪での天皇の喪服は黒喪服、皇室喪典範制定。<br />③昭和三四年、美智子様ご成婚。白いドレスをお召しでパレード。<br /><br /> ①和装から洋装の起源がここです。<br />②この時以降現在も皇室において黒は喪色とされました。ゆえに宮中参内の場合は黒留袖は着てはいけません。ですが、慶事も黒を使用しています。宮家の婚礼は白黒幕です。<br />③この後から白ウエディングドレスが主流になりました。また、和装でも白無垢が定番になり、白=慶事といった印象になったようです。<br /><br />・黒略礼服の誕生<br />「戦後、貧乏だった国民に向けて冠婚葬祭に使える服としてアパレル会社が売り出した間違ったモノ」といった回答が一部の回答者から見られますが間違っています。<br />そもそも戦後から昭和30年代まで背広の既製服自体ほとんどありません。背広は仕立てるものだった時代で、それも給料の半分以上のものでした。一般人は礼服を持っている人すら少なく仏事は普段の服で、慶事は貸衣装の黒服で参列したようです。もともと婚礼は黒の日本で②の御触れもあり、冠婚葬祭は黒という事になったようです。明治の文献によれば「黒しか借りていかれないので店の服をすべて黒にしたが染料が足りない」といったものもあります。つまり、海外のスーツの常識では間違いと言われる黒スーツはこの明治の時点が発端になります。<br />実際に黒略礼服が作られたのは昭和41年です。渡喜商店(現カインドウエア)のつくった黒略礼服が始まりとされます。昭和43年にこのメーカーの礼服が宮内庁公式礼服一切御用達になり、高度経済成長期とあいまって一気に黒略礼服が一般化しました。海外のドレスコード論はさておき、まだ和装も多い昭和です。ルールやマナー以前に伴侶が黒留袖なのでご主人も黒略礼服のほうが夫婦ともども黒でおさまりがよかったのでしょうね。<br /><br />・まとめ<br />婚礼で言えば「和装での婚礼儀式は黒和装が基本。つまりは黒略礼服は黒紋付の洋装版として始まった。ゆえに日本独自の儀礼服」となります。<br />仏事で言えば「明治に皇室が黒を喪色と制定したので国民はそれに倣った」となります。そのほかにも本来喪服である白無垢を婚礼衣装と考えるなど、慶事と仏事を同列の儀式として扱う日本独自の文化の影響もあるでしょう。<br /> たしかに海外のスーツのマナーから見ればおかしいですが、スーツの文化自体150年程度のものです。その150年のうちの50年は日本において黒略礼服は正式とされてきました。日本の冠婚葬祭の儀礼文化は庶民においても少なくとも500年以上あります。&nbsp;<br />由来や歴史を知ったうえで海外のルールに沿うか日本の礼義を重んじるかは個人の自由です。&nbsp;